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2007-02-14
一体 何が望ましいか
コメント(2)


今日は講演を聴講後 消化できない想いに駆られる。

私はシュタイナー教育が好きだ。
シュタイナー幼稚園も好きだ。
だけど シュタイナー学校が好きかと言うと
ちょっと即答できない。

今日の講演内容を聞いていて感じた。 
私は十分 思春期を健全に過ごしたのではないかと思う。
確かに 学校教育に芸術感覚は乏しかった。
私は学校が嫌いで よい思い出がない。

一方 小学校のころまでは 
私は家がとても好きだった。

実家は従業員のいない自営業で 子どもの仕事はたくさんあった。
お茶汲み 電話番....家事もろもろ ....あげればきりがない。
ともかく 家族が協力しなければ 家業はなりたたなかったのだ。

借金が沢山あったから一生懸命働く....というのは建前で
父も母も仕事が好きだった。
それは見ていてもよくわかったし
働いている場所も自宅で 経済状況もオープンだったから
親が私たちのために どのような働きをしていて
そのために得られる代価はどのくらいのものか というのは
うすうす感じていたと思う。

私は思春期?20代半ばまでは 非常に親に反抗的だった。
両親は道徳の活動に熱心だった。
勉強しに行く 講座を受ける 奉仕活動をする
啓蒙活動をする....
それは 父親にとってのもうひとつの生き甲斐だった。

しかし 良きものを目指しているとき というのは 
他者に批判的になるもののように思う。
それは 本来の目的からすれば 本末転倒なことで
良きものを目指せば目指すほど 人の悪口が増えていくような気がした。
私は苛立ち 親の琴線にふれることを 選び
また 説教や制止には 反論した。

自己弁護になるだろうか...でもこれらの全てが
私の血となり 肉となっている。
誰のせいでもない 親のせいでももちろんない。
私が犯した過ちと 私が望んだ幸せを味わって生きることができた。

わかりにくいことを書いているかな...?
私が言いたいことはです。

一番大事なことは親が一生懸命生きること
そして 自分なりの方向を生きていること
それが 子どもの血となり 肉となるのではないかな...と思うんです。
どんな学校に通わせるかを考えるのもいいけれど
やっぱり 親の生き方を 子どもが学ぶのではないか...と。

...本当におかしい..。
あんなに嫌っていたのに
私が今していることは 子どもを連れて配達し
偉そうに教育論について語り
夜中になれば原稿を書く暮らしです。
父親と同じなんです。



コメント(2)

Edited by じゅんか 2007-02-14 23:59:43
Last Modified 2007-02-15 00:58:57


コメント


 おはようさんです。

 じゅんかさんと同じような感じを持ってますよ。

 結局、「過去と他人は変えられない。未来と自分は変えられる。」「学んだことの証は自分が変わること。」で「今をそれぞれの善に向かって生きる。」しかないのだと思います。

 ただ一人では寂しいので、こうして書いたり、話したり、行動したり、人と繋がっているのだと思います。

 そして、自分の思いが伝わらないと、「なぜ?」と考えてしまうのでしょう。

 そのことをも含めて消え行く姿。「すべての自由な個人が愛で繋がっていけるように」いけるように祈り、自ら生きるだけなのだと思っています。

 ごちゃごちゃ書かせてもらいありがとさんです。

投稿者:ハブさん|2007-02-15 09:02:53


「すべての自由な個人が愛で繋がっていけるように」

.....そうですね....。

投稿者:じゅんか|2007-02-15 14:26:16




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