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2012-11-10
子どもが10歳を越えたときの楽しみ

さて、よっけが10歳になると 色々楽しいことが増える。
よっけは 学校の図書室で本をいっぱい借りているらしい。

そんなわけで 意外なものを読んで帰ってくる。
先日は  ジョンレノンの伝記を読んで来たらしくて
カンジが眠ってから 秋の夜長に レノンのエピソードを話し合った。
私が知っていて よっけが知らないこともあるけど
そのまた逆も出てきたのである。
これは 面白い。

先日は 学芸会で どこかの学年が「かわいそうなぞう」を上演した。
これは私もよっけも泣いてしまい、しばらくそのようなモードだった。

ふと思い出して 「おかあさんの木」のフレーズを暗唱してみた。
私が小学生の時に 教科書に載っていたおはなしである。



簡単なあらすじを説明した。
7人も息子がいたのに、一人ずつ召集されて行き 
とうとう7人全員が召集されて行く。

このお母さんは息子が出征するたびに、キリの樹を植えて毎日話しかけている。
そのうち 戦死の知らせ、行方不明の知らせが来る。
6人が戦死、一人は南方戦線で行方不明になってしまった。
無事でいる息子は一人もいない。

そんな中 お母さんは毎日樹をなで、葉を抱きしめて話しかけるのである。

「この大きい葉は一郎の葉、
この細長いのは次郎の葉、
この小さいのは三郎の葉...
これは五郎...すばしっこくて たまになど当たる子ではなかったに....」

なぜだかこのフレーズはすらすら出てきた。
それだけでなく 私は一瞬で そのお母さんの気分になってしまい
セリフをいいながら涙をこぼした。

よっけもびっくりして 泣いてしまった。

こういうのは 小さい子のいる人にはおすすめしない。
私はタイン・チェリーさんの「語り聴かせ」の授業を受けた時に注意を受けたことがある。
私はお話にのめり込みすぎていて、感情的過ぎる。
小さい子へのお話はおおげさでなく
感情的でもなく
エーテル的に、淡々とするのが良いのだ、ということらしい。

まあしかし、学齢期はむしろ アストラル的な....やや大げさな表現を好むようになる...とそのようなことを言われた。



ともかく 先日の日記で 私がやたらに感動する話を書いた。
今日は家族全員車に乗っていたので、
私が曲のどの部分に感銘を受けているか 滔々としゃべってしまった。
何しろ感動しているところが多く、
また 音楽を表現するためのボキャブラリーがない。
また、私は「話して伝える」のはとてもニガテだ。
そんなわけで、言いたいことの1/10も語れていない。

夫は「ふうん そんな風に思う人はあまりいないと思うけど」とあっさり流し、
よっけはよっけで 大笑いしながら 「わかったわかった」と言っていた。

そういえば 私の父は 我が家の玄関部分を人に紹介する時
毎回 とても細かいことを滔々と語っていた。
今ではわかる。
父は 他人には気にならないかもしれない細かい部分に心酔して
心の底から感動していたのだ。


今日は よっけが 「お母さん 夕鶴読んだんだよ。夕鶴、知ってる?」と聞いてきた。

私は木下順二の「夕鶴」を読んだことがない。
でも 多分こんなセリフだったと思いながら
「お金.お金.....与ひょう、わたしの与ひょう....あなたは 変わってしまった....」と語ってみた。
一瞬で 泣き声モードになっている私を見て
よっけがまた びっくりしていた。

しまった。また私は やりすぎてしまった。
おまけに私は夕鶴を読んだこともなければ 舞台を見たこともない。
セリフだって間違っているだろう。

今度は ちゃんと本を読みたい。
先日よっけが泣いたという、宮沢賢治の「よだかの星」も。

案外読んだことのない名作は沢山ある。



Edited by じゅんか 2012-11-10 20:31:04
Last Modified 2012-11-10 23:12:13





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