HOME > 日記 > 自分がコンプレックスを感じているところにこそ
2011-12-20自分がコンプレックスを感じているところにこそ
思わぬ宝物があるのではないかと思うようになった。
自分自身が頑張って ガマンしていることが 世の中を良くしているとは限らない。
このところ 心優しい友人に手伝ってもらって
私は これまで歩んで来た道を少し振り返ってもいる。
こうしたら きっと叱られる
こうしたら きっと嫌われる
自分が自分のままでいたら きっと誰かの迷惑になる
そのように判断してきたことは 果たして 本当に望ましいことだったのかとふと思う。
このごろ、「赤毛のアン」を見ている。
カンジ君が おままごとの時に、「おちゃにしましょう...」とよく言うようになった。
おもしろいと思う。
主人公アンは ものすごいおしゃべりでもあるし、大げさな身振り、言葉遣いは いささか照れくさい。
がしかし、突き抜けていておもしろい。
そのように判断する友達や大人にかこまれている。
というか 少々叱られたり、怪訝な顔をされたりしても
結果として彼女は彼女のままでいるから
そのままの姿を通して 愛されていると言えるだろう。
私はおそらく 「いささか大げさ」なんだけど、
それをひた隠しにして生きてきたような気がする。
ロマン溢るる情熱家であることも
なるべく 悟られぬように。
しかしながら いや待てよ、とも思っている。
踊るアホウと見るアホウがいて どちらにしてもアホウなのである。
踊るのが好きならば踊ればよいし
見ているのが好きならば 見ていればよいのだ。
このところ 子育てネタなどあまりアップしていない。
今 それを表現する方へ気持ちが向いていない。
ものすごくわがままに 自分自身を見つめているかもしれない。
もちろん 冬の北海道で過ごす私は
家の中でひたすら 家事と仕事に明け暮れているだけで
好き勝手は 思考の上のことだけれど。
おもしろいと思っているのは
「子どものために 必死になっているとき」よりも
この 「心理的には好き勝手なとき」の方が 精神的には楽な気がする。
不思議ですな。
そんな気がした。
Edited by じゅんか 2011-12-20 01:12:53
Last Modified 2011-12-20 01:15:45