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2011-04-05
たとえ明日、世界が終わるとしても、私はりんごの木を植えるだろう
コメント(2)

ゲオルグ ゲオルギウの言葉を書いてみた。
今ググって見たら、マルティン ルターも同じようなことを言っている。


原発も 「デマ防止」とやらで あまり正確な情報が流れないように思う。
しかし、あれだけのことが起きて 何もないわけがない。
目の前の収入だの、夏の冷房がないのは辛いだの、
多少 気持ちがわからないでもないが、そのような 「快適さを求める風潮」が 原発を生み続けて来たのだとも思う。

おそらく私は「いわゆる反原発運動」に関わることはないだろう。
がしかし、「自分がよいと信じること」「よくないと思うこと」をはっきり意識して生きようと思う。

ある意味、便利な団地暮らしではあったが、やはり 地上に戻りたいとも思う。
団地暮らし、ガッシャンと閉まるドア、アスファルトの路面に囲まれて、私はここで引きこもった。仕事はしていたけれど、ネットサーフの時間が大きく増えていたのは間違いない。

ネットも ゲームも 依存はまずいような気がしてならない。
自分を振り返っても、ネットサーフを頻繁にしている時は 手仕事する気がおきない。
私は絵を描くのがライフワークでもあるし、仕事の一部でもあるのだけれど、
情けない。絵に生気がなくなる。
それもあって、しばらくは業務以外のPC作業は減らそうと思う。
ネット屋なので、完全に離れるのは無理なんだけどさ。

私は18歳の頃からテレビを置かない暮らしをしているけれど、
それは、テレビがあると ダラダラ見てしまい、他のやるべきことをおざなりにしてしまうからだ。
沢山の雑音を視聴するために、いかに貴重な時間を浪費していたかが よくわかった。

こどもは より 気をつけた方がいいと思う。
大人になってからのびのび遊べる時間はほとんどないのに、その貴重な時間が失われてしまう。
ゲームを長時間している子どもは悪い子ではないけれど、元気さが感じられない。
夜更かしをしている子も多い。
たまにいる、まっすぐ立てない子も気になる。


原発が増えてしまったことについて 「政府が悪い」とか「いや きっとこれは米国の陰謀だ」とか 「電力会社が悪い」とかいう人もいるかもしれない。

私はそうは思わない。
みんなが横並びに 「良い暮らし」「快適な暮らし」を望んだ結果がこれなのです。

今日は ワイルドに生きる友達のところへ行った。
ほっとしたし、うれしくもあった。

今年はなるべく 土の上に立とうと思う。
おひさまの光を浴びて、深呼吸をして暮らそうと思う。

引っ越しをしようとおもう。
できたらいいなとおもう。

畑が近くにあったらいいなとおもう。
自然系な家族とつながりたいとおもう。


たとえ 明日 世界が終わるとしても。



コメント(2)

Edited by じゅんか 2011-04-05 23:30:33
Last Modified 2011-04-06 12:33:50


コメント


この日記を書いて下さって、ありがとう。

投稿者:雪|2011-04-06 09:00:54


雪さま

こちらこそ ありがとうございます。

投稿者:じゅんか|2011-04-07 01:27:22




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