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2011-01-29
もらったものは 沢山あるのだった

先日 通販のお仕事で おもちゃの撮影をしていた。

子どものおもちゃだから カンジ君に遊ばせていた。

私は撮影がニガテだから それをぼんやり見ていた。

面白いな この動きは面白い。
良いおもちゃだ。
あれ、この木目の感じ......なんか ブナみたい...。
「この模様が、虎斑(とらふ).....」と言っていた材木屋の父の声を思い出す。
後で 原材料を調べたら  ブナだった。

樹種は 無数にあり、素人目には判別が難しい。
「私には全然わかりません」と言いもする。
しかし 全くわからない訳でもない。
「あれに似ている」と思うことは多々ある。
外れることも多い。が、あたることもある。
門前の小僧とはよく言ったものである。

先日 茶道のお話を少しした。
今思えば 良い経験だった、と思う。
私の先生は 宮様のところに出入りしておられるようなおうちの方でした。
ですから お稽古用の道具、といっても 「そこそこ良いもの」でした。

茶道具で「良いもの」というのは ものすごく高いのです。
手のひらに乗るようなお棗(なつめ)一つが 何百万することだってあるのです。
もちろんお稽古にそこまでのものは使わないでしょうが、目の肥えた人がしょうもないものを使うことはあまりありません。
ですから 「そこそこの....」と思っていたのは 私のような庶民が触れることは 通常ない品物だったのです。

3年習ったから、季節によって登場するお道具も、器も違いました。
ごくまれに ヨソのお茶席にも行きました。

これがまた訪れた「お茶席」には ハンパなものは出て来ません。やはり相当良いものばかりだったと思います。

それに気づいたのは 母が私に茶道具を買ってくれた時でした。
デパートで買って来てくれた「略式盆点」のセットでしたが.....正直ガッカリしたのです。
デパートで買ったのですから 万はしたでしょう。
でも、普段目にしているものとは 雲泥の差でした。
使ってみても それは はっきりとわかりました。

茶道具を 身の回りのお店やスーパーマーケットで見ることはありません。
お稽古の時か、お茶席か、父が時折連れて行ってくれる 伝統工芸展の入賞作品か.....多分「かなり良いもの」だったのだろうと思います。

宝石を見抜くようになるために、必要なことは「本物だけをみること」としばしば言われます。
本物だけを見れば ニセモノは すぐわかると そのような理屈だったと思います。
普段使いの食器はともかく、茶道具に限れば 私は本物だけを使ってお稽古をしていたのです。
意識もしないうちに。
私が買い物嫌いな一つの理由は 欲しいものが多くない、ということもあります。手の出せる品物は オモチャみたいに見えるし「あ、これいいなー...」と思うと それは売り場で最も高いもので、買えないのです。

もっとも私自身は しっかりとした知識もなく、感覚はぼんやりとしています。見る目のある姉は「あんたは見る目ないなあ」なんて笑っていますし、父も「まだまだですな」と笑っております。そのような程度ではありますが。

時折、絵を描いては、イヤな気分になります。
部屋をそうじしても 不満が残ります。
ネイチャーコーナーを整えようとしても、美しくない、と思います。
自分のヘタクソさが ものすごくわかるんです。

でも、それは もしかして良いことなのかもしれません。
美しい瞬間を味わいたい
美しいものを生み出したい、というのは きっと宝物なんだと思います。

こんな私ですが、やっぱりクリエイターのはしくれなんだろう。
できたら 美しく できたら 喜ばしい空間を作りたいのだ。
そうじゃなければ 悔しくなんかないはずだ。



Edited by じゅんか 2011-01-29 22:49:04
Last Modified 2011-02-01 00:30:54





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