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2010-01-27
なぜ どうしてシュタイナー(1)

iizukaさんから 「じゅんかさんは のびやかに育ったかと思った....」とのコメントをもらった。

のびやかに....まあ 確かにそうかもしれない。
勉強しろ、と言われたことはないのだし、暴力があった訳でもない。
私が生まれ育った家は ただのびやか、というのとも ちょっと違う気がする。

私は私の生まれ育った環境に それなりの愛着もある。
両親も姉達も それぞれに魅力があり、それぞれの立場で良くしてくれた、とも思う。

しかしまた、それでも 私は「それが素晴らしかった」と諸手をあげて賛成することもできない。

私の生家は 「よく生きるとは何か」に非常に重きを置いた家だった。
両親はそれについて 色んな勉強会に行き、本を読み
自分の経験について また、その他思うことについて 人の前で発表する立場にあった。
それを私は小さい頃から 見ていた。

今となっては それが 父の愛する「道徳」の教えに基づくものだったのか
我が家独特のセオリーだったのかはわからない。

だけど 私自身は その環境の中で育って道徳的に育ったかというとそうではない。
残念ながら 非常に傲慢でもあるし、また、とても日常的なこと
ごく普通の生活習慣が身についていないことを感じる。
また、姉からも 夫からも 「お前は自分中心であり、人のことを考えていない」としばしば指摘されており、私は人でなしではないかと思うことがある。

私は安心して 人の家を訪問することができない。
ひととき、というのは一時間半をさすそうだけれども 大体そのような時間になると 「人の迷惑になる。目の前のこの人は 私に早く帰れと言っているかもしれない」と思い出し 速攻帰りたくなる。何かのかたちで 招待されていれば 長居することもあるけれども 「自分がどう評価されているかわからない恐怖」のために、ヨソの家を訪問した後はへとへとになる。

同じ理由で 実家へ帰るのも 夫の実家に帰るのも ものすごくおっくうに感じている。

このことについてポイントなのは 私はその 相手のことを本当に配慮して帰るのではなくて 「自分の身がかわいくて=自分がイヤな人間だと思われたくないから」帰るのである。
エゴイストである。

これは 単純な一例だけれど 自分自身でいること、リラックスした状態でいる、ということもどういうことなのか いまいちわかっていない。

前置きが長くなった。
私は胎教の時代から「こう生きるべき」「ああ生きるべき」というお話を山ほど聞いて育ったし
それを実践しようとする両親のもとで育ったけれども こどもの時にそれを理屈として聞きすぎて、いい子でいようとしすぎていたのじゃないかと思っているのです。

その意味で 私は両親の信じる道徳には一線をひいて関わらないようにしています。
大人にはよくても、子育ての指針としては どうなのか、と思うからです。

7歳以下の子どもには「ことばによるしつけ」を極力行わないシュタイナー教育に惹かれたのは、そんな訳です。




  



Edited by じゅんか 2010-01-27 22:47:44
Last Modified 2010-01-27 22:47:44





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