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2015-06-17
本を読んだ

姫野カオルコ著『もうわたしのことは わからないけれど』


特に思い入れもなく ふと図書館に並んでいるのをさっと借りて来た。
借りて良かった。


この本には、家族の介護をするために、さまざまを我慢し、あきらめてきた人の心情がオムニバス形式で述べられている。
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先日わたしは 「かわいそうアピール」という記事を書いた。
しかしこれは 私の偏見に満ちた記事であることも自覚しつつ書いた。

人に言うかどうかは別として 多くの人には とても辛いことがあると思う。
ある程度以上の年齢になっていれば『辛いことがなかった』人なんて おそらくいない。

もっと言うと試練は 平等に降ってこない。
強い人には より苛酷な、大変なことが起きる。

ほがらかな、ものすごく良い人に会うとする。
それは その人が全く苦労を知らないからだと思う人もいる。
だけど わたしはそう思わない。

にこやかに、ほがらかに過ごしている人が 大変な苦労をしてきていることがしばしばあるからだ。

わたしの思い込みかもしれないけれど 辛すぎる経験をしてきた人は それを人にぺらぺらしゃべらないことが多い。
人に言えるような悩みは まだ悩みとしてはライトな方で、あまりにも大きな試練が来ている人は とにかく日々を乗り越えるだけでも大変だ。

そう言う状況に気づいても 他人からは 何も出来ないこともままある。

何もなかったような顔をして 普通にしている以外にないこともある。
できるだけ普通に過ごして 頼まれたことだけをして 本人が話せる状況が来るまでそっと待つ。
それ以外に何も出来ない。

一方で 「わたしはこんなにツライの!」とアピールして来る人の悩みは 私の心の琴線に触れない。
だから ただ 「大変だね」「そうだね」とだけ言う。
それ以上のことを考えて、「ああしたら?」」「こうしたら」と考えるクセがあったのだけれど、それはことごとく大失敗した。

「悩んでも仕方がないこと」「時が解決してくれること」は多くある。

そして 「自分の悩みが何かをはっきりと意識でき」
「それを他者に伝えられる状況なら」
悩みの何割かは解決の方向に向かっているのかもしれない。

人は必ずしも悩みを解決したいとは思っていない。
また 悩みを解決するにしても その人自身の決断で その人自身のやりかたで解決したいらしい。

話を聞いてくれれば良い、という人に何度も会っているうちに ようやく気づいた。


ちょっと遅い。

もっと若い頃に気づくべきだった。
そんなわけで 44さいのおばさんになっても 学ぶこと、気づくことはあるのだった。
人生は わたしが思っているよりも長い。たぶん。



Edited by じゅんか 2015-06-17 11:40:21
Last Modified 2015-06-17 23:27:06





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